万葉時代は、一般の女性たちも、額田王や持統天皇などの
宮廷のトップも、農業や機織り、麻の刈り干しなどを職業とし、
生き生きと働いていました。特に布や衣服に関連する職業は
女性のものとされていました。こうした布は税として納められる
貴重な品々でした。現在の東京都、埼玉県、神奈川県の一部に
わたる武蔵国の多摩川流域の歌から、まず、そんな働く女性を垣間みて、
恋する東国の男性の歌った労働歌を見てみましょう。
多摩川に さらす手作り さらさらに なにぞこの児の ここだ悲しき
3373 たまがはに さらすてづくり さらさらに なにぞこのこの ここだかなしき
「多摩川にさらす手織りの布をさらさら音を立てて晒すように、
さらにさらに、どうしてこの娘が愛おしいのだろう。」(東歌)
大昔の多摩川、さらさらと流れる川音に合わせ、布をさらして
いきいきと働く女性に恋をし、さらにさらにいとおしくて
たまらないと歌う和歌です。今も多摩川の流域に調布という
地名が残っていますが、武蔵国では税(租庸調の調)として、
麻の布を朝廷に納めていた名残です。この和歌は、そうした麻布
づくりの作業の際に皆で歌った歌のようです。万葉集十四巻は
そんな東国の歌がたくさん出てきます。