旅の夜の 久しくなれば さ丹つらふ 紐解き放けず 恋ふるこのころ 3144
「旅の夜を重ねることも久しくなったので、赤く美しい紐を
解き放つこともせず、恋しく思うこのごろです」
「赤い糸で結ばれた二人」とは、今もわたしたちがごく
普通に使う表現ですが、万葉人にとっても、男女のいわゆる
魂結びに関係して赤い紐が用いられました。別れに際し、
互いに固く結び、再会まで解かないのが原則でした。
水浴びするときなど、そのまま入ったのかどうか、定かでは
ないのですが。もちろん「妻の赤く美しい紐を解き放すことがなく」
という解釈もあるのですが、こうした男女が赤い紐に魂を結ぶと
いう風習があったならば、素敵なことですね。
吾妹子し 吾を偲ふらし 草枕 旅のまろ寝に 下紐解けぬ 3145
「いとしいあの子が私を思っているらしい。
草を枕に着衣の紐も解かず寝たはずなのに、下紐が自然に解けたことだ。」
恋人や離れた妻が強く思っていると、自然に男の下紐が解ける
と考えられていました。また、下紐が解けるのは、恋人が来訪する
予兆とも考えられました。まるで、強く望んだり、相手に逢おうと
夢みること自体が、呪力性を持ってそうした現象を引き起こすと
信じられていたようです。