『うつくしの街川越ー小江戸成長物語』の出版記念会〜「川越トークショー」開催されました

『うつくしの街川越ー小江戸成長物語』の出版記念会が、2019年9月29日に川越プリンスホテルロビーで華やかに開催されました。皆様のご協力で盛会になりましたこと、お礼申し上げます。

クラウドファンディングにご協力いただいた皆様ともに一般の方々にもご出席いただき、「川越の魅力トークショー」銘打って、執筆者の方々に、それぞれ短い講座を頂き、多いに盛り上がりました。川越プリンスホテルの開業28周年記念としてのコラボ企画になり、一般の方も喜ばれた会になりました。

当日は、編集者寺島と小林の司会、監修の山野清二郎氏のご挨拶に続いて井上浩氏のサツマイモの話、溝尾良隆氏の川越の観光への問題提起、櫻井理恵氏の表紙の話、荒牧澄多氏と原知之氏による川越蔵の会の話、粂原住職による蓮馨寺の話、松尾鉄城氏によるまとめと、多彩な内容であっという間の二時間となってしまいました。

川越トークショーの一幕

写真は、荒牧澄多氏と原知之氏による川越蔵の会の話の様子で、著者の一人で亡き可児一男氏を偲んで、まちづくり委員会を生かに育てたかというお話をしているところ、当日は可児夫人の昌子氏にも参加していただきました。

川越の歴史文化、まちづくりの知恵など、デイープな魅力を観光に生かし、次世代にも伝えたいという思いが皆様と共有できるとともに、観光の課題や川越の課題が浮かび上がり、多いに刺激になりました。

皆様、大変ありがとうございました。

「川越の魅力トークショー」出版記念講演会開催します

このたびの『うつくしの街川越ー小江戸成長物語』では

皆さまには大変お世話になりました。

あらためてお礼を申し上げます。

今回、クラウドファンディングにご協力いただいた皆様ともに

一般の方々にもご出席いただき、「川越の魅力トークショー」と

銘打って、出版記念講演会を下記のように開催いたします。

執筆者の方々に、それぞれ短い講座を頂きながら、

参加された皆様との交流の場を儲けたいと思っております。

クラウドファンディングで記念講演会のチケットを書籍とともに

申し込まれた方々には、郵送でお送りしております講演会チケットと

交換に、ドリンクなどの無料券を発行させていただきます。

この企画は、川越プリンスホテルの開業28周年記念として、

ホテルの協力を得て、1階、ロビーで開催されることになりました。

どうぞよろしくお願い申し上げます。皆様お誘い合わせの上

ご来場ください。

『うつくしの街川越ー小江戸成長物語』

出版記念講演会を「川越の魅力トークショー」

場所:川越プリンスホテルロビー(本川越駅下車1分)

時間:令和元年9月29日(日)14時から16時

参加費:無料 (チケット、ハガキなどある方はお持ちください)

学んで伝えよう川越 英語と日本語とミュージカルで

川越の歴史文化などを題材に、シリーズで楽しく講師陣より英語と日本語で学び、語り、またミュージカル風に表現発表することでシニアから子供まで、川越の歴史文化の深い魅力を、次世代を含め広く継承するプロジェクトを始めます。

川越の歴史文化を楽しく、 英語と日本語で学び、語り、ミュージカル風に表現する講座です。それぞれのレベルで川越を深く知り、 楽しく学び、伝えましょう。

学んで伝えよう川越 英語と日本語とミュージカルでチラシ

この事業は川越市文化芸術によるまちづくり補助金対象事業 に選定されました「英語と日本語と音楽で語り伝える川越コンシェルジュ・スクール」の一環です。

1 川越の歴史文化の物語を知る

2 川越の歴史文化を英語で聞く

3 ミュージカルで表現する

4 教育について語る世代間カフェ

こどもからシニアまで、幅広い世代が学んでいけるように工夫

毎回、参加者は、川越を題材にしたテーマを日本語で学ぶとともに、同テーマについて専門家による英語での語りを聞き、そこから、英語による表現発表、また音楽劇ん参加します。楽しみながら、こどもからシニアまで、幅広い世代が、興味・関心を持続し、学んでいけるように工夫しています。

もともと川越の歴史文化を題材にした歴史講座はシニアや新しい住民の方々に大変人気があったので、新しい形で継続することにより、さらに川越のファンを増やし、地域の結束力を高めることができるでしょう。

さらに、その成果としての音楽劇をウエスタ小ホールで発表します。今期は各回以下を題材に日本語と英語で語り、音楽劇の題材にします。(変更可能性有)

1川越の成り立ち~ 仙芳仙人

2 喜多院1 慈覚大師から天海まで

3 八幡神社 民部稲荷

4 川越いもの歴史と今

5 雪塚稲荷と蔵のまち

6 喜多院2 五百羅漢

7 発表ステージへのリハーサル

8 音楽劇発表ステージ

仙芳仙人、五百羅漢、民部稲荷、川越いも、雪塚稲荷、氷川神社川越を題材にした、楽しい英語音楽劇加に、ぜひ、大人から子どもまでの広い層に参加してほしいと思います。そうした音楽劇がウエスタ小ホールで発表を通じて、広く市民が文化資源へ興味・関心を持ち、英語での語りを目指すことにもつながります。

さらに、英語による川越紹介は、翻訳も含め、冊子としてまとめ、広く市民が活用できるようテキスト化を計画しており、ボランテイアも募集しています。

日時 スケジュール 参加費など

第1回は、2019年8月25日(日)14時〜16時 場所はウエスタ川越音楽室1に集合下さい。

対象 小学生からシニアまで 先着50名
参加費 1000円(各回)
全6回コース

全体説明及び第1回目のプログラムを行います。スケジュールは下記の通りで部分参加も可能です。

第1回8月25日 14時〜16時ウエスタ川越音楽室1
第2回9月7日(土)14時〜16時あけぼのホール
第3回10月6日(日)14時〜16時あけぼのホール
第4回11月24日(日)14時〜16時あけぼのホール
第5回12月7日(土)14時〜16時あけぼのホール
第6回1月18日(土)14時〜16時あけぼのホール
第7回3月20日(祝)14時〜16時あけぼのホール
第8回3月25日(水)14時〜16時ウエスタ川越小ホール

主催 NPOアートバーブズフォーラム こども川越コンシェルジュ実行委員会
後援 川越市 川越市教育委員会

英語と日本語と音楽で語り伝える川越コンシェルジュ・スクールの詳細は

英語と日本語と音楽で語り伝える川越コンシェルジュ・スクールの詳細について川越の歴史文化を題材に、シリーズで楽しく英語と日本語で学び、語り、またミュージカル風に表現発表することでシニアから子供まで、川越の歴史文化の深い魅力を、次世代を含め広く継承します。また地域の魅了を広く継承するため教育問題や地域の問題について世代間で語りあう場も設けます。

1 川越の歴史文化を語る

2015年から3年間で30回行ってきた川越を熱く語るウエスタ川越での川越市提案事業「川越文化コンシェルジュ」講座を引き継ぐ一つの新しい講座です。

2 川越の歴史文化を英語で語る

2017年から2年間継続開催している「英語の歌とセリフで川越をご案内=こども川越コンシェルジュ」体験講座1から4を継続発展する講座の開催。テーマごとに英語で川越の魅力を語ります。

3 音楽劇の即興的創作および発表

2017年から2年間継続開催している「英語の歌とセリフで川越をご案内ーこども川越コンシェルジュ」体験講座1から4の中で昨年は成果を川越市合唱祭で発表した実績を踏まえ、今事業ではウエスタ小ホールなどで、成果の単独での発表をします。

4 異世代交流カフェ

シニア層と子育て層など異世代間で、教育問題など語りあう交流カフェを開催します。

主催団体及び開催場所については

主催のNPOアートバーブズフォーラム英語と日本語と音楽で語り伝える川越コンシェルジュスクール実行委員会

歴史、文化やまちづくりや芸術など、生活の質を豊かにするような知識や人材や場をプロデ ュースする団体です。団体代表による書籍『うつくしの街川越~小江戸成長物語』(一色出版)がこの6月30日に出版されました。

ウエスタ川越とあけぼのホールの地図はこちら

ウエスタ川越とあけぼのホールの地図はこちら
本川越駅および川越駅西口からバスにも乗れます

『うつくしの街川越〜小江戸成長物語』出版しました

川越散策がもっと楽しくなる「ディープな川越」を書籍で発信

『うつくしの街川越~小江戸成長物語』(監修=山野清二郎・松尾鉄城/編集企画=寺島悦恩・小林範子、6月30日発売、2500円+税、400ページ)が株式会社一色出版(東京都文京区本郷)より刊行になりました。

川越が辿ってきた歴史・文化、美術、観光、この一冊で川越つうになれる「ディープな川越」を凝縮、今日の川越の創造性にまで言及、横断的に綴った初めての書籍です。

川越を代表する各専門家の知識を集めてトータルにアピール

きっかけは、2015年から地域の魅力を語る活動として、地域のおもてなし人材養成のための講座の企画運営を3年間で30回行ったこと。

これまであまり地域に関わりを持ってこられなかった市民の方々が新たに川越の魅力を感じ、地元に誇りを持ち、魅力を発信できるコンシェルジュのような人材を養成したいという思いからでした。

そして、これまでの活動の集大成として、川越という地域をアピールする各専門家(十数名)の知識を結集した、デイープなまちの魅力を伝える本を出版することになりました。

歴史・文化・美術・まちづくり・観光の視点から川越を横断的につなげる

観光という視点から見たとき、通り一遍の観光ではいずれ飽きられてしまいます。地域の特徴を生かしたツーリズムの提案が必須で、地域をさらに盛り上げるべく、川越の文化や歴史、まちづくりの貴重な魅力を次世代に伝えることができたら、そんな思いで本書を作りました。

さらに、海外や国内から何度も訪れてくださるディープなファンをつくるその一歩になること目指したいと思っています。

時の鐘

  今や、年間700万人を超す観光客が訪れ、一大観光都市となった川越をかたちづくる江戸から令和までの成長の知恵、さらに持続的社会のモデルについてなど、研究者や商家をはじめ15人が紡ぎ出す言葉を手掛かりに川越のアイデンティティに直に触れることができたらと思います。

そして川越の魅力を歴史・文化・美術・まちづくり・観光の視点からトータルに綴った「川越を横断的につなげる」はじめての書籍となります。と同時に、全国各都市を語る書物のモデルになればと思っています

  今回、出版に際し、定価を下げて若い世代にも購入しやすくし、また、学校図書館を含め、公共施設等に配布するために、クラウドファンデイングを利用、成功しました。https://readyfor.jp/projects/kawagoebook

 出版社 株式会社   一色出版(担当:岩井峰人)〒113-0033東京都文京区本郷4-34-3-1F TEL03-6801-6905/FAX03-6801-6915

江戸から令和までの成長の知恵、持続的社会のモデル

紹介webページ:http://www.isshikipub.co.jp/2019/06/13/kawagoe/

『うつくしの街川越~小江戸成長物語 』書籍の概要はというと、以下のような15人の著者による16の川越の魅力を綴りました。

序章 川越イノベーション・リノベーション

第一章 蔵造りと洋風建築の町並みを歩く

第二章 喜多院の歴史と文化財を訪ねて

第三章 知恵伊豆そして家康の血をひく大名も城主になった川越藩

第四章 川越祭ーー世界が認めた小江戸の大祭ーー

第五章 川越と江戸・東京を結んだ新河岸川舟運

第六章 名産 川越唐桟と川越イモ

第七章 循環型農業のモデルとしての武蔵野・三富新田

第八章 服部家にみる川越町家の暮らし

第九章 江戸初期川越の町人像

第十章 川越城下の総鎮守氷川神社

コラム 河越太郎重頼の墓のある養寿院

第十一章 川越の美術ー岩佐又兵衛、狩野吉信、小茂田青樹、小村雪岱を中心に

第十二章 現代の川越のまちはどのように形成されてきたか

第十三章 一番街商店街と町並み委員会

第十四章 川越蔵の会ー歴史的景観を生かしたまちづくりへの取り組み

第十五章 魅力ある川越観光の創出へ向けて

コラム 菓子屋横丁が蘇った

以下のような執筆者による書籍です。

修 山野清二郎 松尾鉄城

編集企画 寺島悦恩 小林範子

執筆      荒牧澄多  井上浩  可児一男 梶川牧子 粂原恒久

金剛清輝 寺島悦恩  長井和男 羽生修二 服部安行 原知之

松尾鉄城 松本富雄 溝尾良隆 谷澤勇  山田禎久 山野清二郎

表紙デザイン 櫻井理恵(敬称略)

川越の文化や歴史など、まちの魅力を次世代に伝えるその一歩へ

本書を構想するきっかけとなったのは、2015年から川越の文化、歴史、まちづくり、観光資源など多様な分野の専門家に川越の魅力を語っていただき、これまであまり地域に関わりを持ってこられなかった市民に新たに川越の魅力を共有し、地元に誇りを持ち、川越の魅力を発信できるコンシェルジュのような人材を養成したいという思いからでした。

30回の講座で参加者はのべ2000人になり、終了することが惜しまれ、多くの方から継続を希望される声があり、本という形でなら、もっと多くの方々、さらには、川越市外の方々、そして、全国の方々にも川越の魅力を知ってもらえるのではないかという話がまとまり、書籍を作ることになりました。

 一から制作を始め今日まで実に3年以上がかかりました

しかし16章からなる400ページの写真入りの書籍の出版となると制作コストもかさみ、少部数の出版にすれば、書物がかなり高額な定価になってしまい、それ避けるとともに同時に宣伝広報として利用させていただくためにも、クラウドファンデイングを利用、100万円を集めることができました。

皆さんからいただいたご支援は、より多くの方に読んでいただけるよう、手に取りやすい価格にするために活用させていただくとともに、川越市内の小中学校や市内にある高校および図書館などの公共期間に配布させていただけたらと思います。

こうして、江戸の文化を伝え、観光客で賑わう「川越」のディープな魅力を伝える書籍の出版。歴史、文化、まちづくり、観光と横断的に各分野の専門家から次世代に伝えたい地域の貴重なお話をまとめました。シニアから若い人々や新しい住民に伝えていきたいと思います。

川越を始め全国の地域の出版物のモデルケースになればと思っています。


令和万葉集:新元号の令和は万葉集から

新元号が発表されました。「令和」という元号は、万葉集から、
とったものということです。
新春の令月にして気淑く風和らぎ、梅は鏡前の粉を開き、
蘭ははい後の香を薫らすという出典から
取られました。大伴旅人の和歌です。

万葉集巻第五 815~
梅花(うめのはな)の歌三十二首并せて序

天平二年正月十三日に、
大宰師の大伴旅人の邸宅に集まって、
宴会を開きます。
初春の、空気はよく風は爽やかに、
梅は鏡の前の美女が、
装う白粉のように開いて、
蘭は身を飾った香のように薫っています。

それだけでなく
明け方の嶺には雲が移り動き、
松は薄絹のような雲を掛けて
きぬがさを傾け、
山のくぼみには霧がわだかまり、
鳥は薄霧に封じ込められて
林に迷っています。
庭には蝶が舞い、
空には年を越した雁が帰ろうと飛んでいます。

ここに天をきぬがさとし、
地にとして、膝を近づけ酒を交わし
人々は言葉を一室の裏に忘れ、
胸襟を煙霞の外に開いて、
淡然と自らの心のままに振る舞い、
快くそれぞれがら満ち足りています。

これを文筆にするのでなければ、
どのようにして心を表現したら良いのでしょう。
中国にも多くの落梅の詩があるのですから
いにしへと現在と何の違いがあるのでしょう。
庭園の梅を詠んで和歌を作ろうではないですか。

この漢詩風の一文は、
梅花の歌三十二首の前につけられた序で、
書き手は不明ですが
おそらくは山上憶良(やまのうへのおくら)
の作かと思われます。


その内容によると、天平二年正月十三日に
大宰府の大伴旅人の邸宅で
梅の花を愛でる宴が催されたとあります。
このころ梅は大陸からもたらされたものとして
非常に珍しい植物だったようですね。当時、

大宰府は外国との交流の窓口でもあったので
このような国内に無い植物や新しい文化が
いち早く持ち込まれる場所でもありました。

この序では、前半でそんな外来の梅を愛でる宴での
梅の華やかな様子を記し、ついで
梅を取り巻く周囲の景色を描写し、
一座の人々の和やかな様を伝えています。
そして、中国にも多くの落梅の詩があるように、
「この庭の梅を歌に詠もうではないか」と、序を結んでいます。


この後つづく三十二首の歌は、
座の人々が四群に分かれて八首ずつ順に
詠んだものであり、各々円座で回し詠みしたものとなっています。

大伴旅人が太宰府を去ることになって、
その別れを偲んだ、万葉時代の旅だの和歌につけた
曲です。「から人の衣染むといふ」
https://youtu.be/VnnFo4PgjQo
という曲を以前作りましたが、

新元号に万葉集の言葉が生かされて
喜びもひとしおです。

令和万葉集:恋のいろいろ:大伴田主と石川女郎の場合

クールな美男子、大伴田主(おおとものたぬし)に恋をした

石川女郎(いしかわのいつらめ)は同棲したいと思っていた

のですが、なかなか進展しません。そこで、一計をめぐらせて、

なんと、老女に変装、土鍋をさげて、田主の家に。

「卑しいものが火を貸してほしいと来ました」

と玄関の戸をたたきました。

ところが当の家主、女郎の変装にはまったく気づかず、

火を貸して返してしまったのです。夜が開けてから、女郎は、

恋の仲介人なしに押し掛けてしまったことを恥ずかしく思い、

また願いがはたせなかったことを恨めしく思って作った歌です。

 

遊士(みやびを)と われは聞けるを 屋戸貸さず われを還せり おその風流士(みやびを)

「風流な人だと聞いていたのに せっかく来たのに私を泊めずに返してしまった。

鈍い『みやびお』もあったものね。」(石川女郎)

 

それに対して、田主の返歌といったら、

遊士(みやびを)を 我はありけり 屋戸貸さず 帰しし我を 風流士(みやびを)にはある

「泊めずに返した私こそ 「みやびお」だと思うがね。」(大伴田主)

この当時、恋の和歌はどのように伝えられたのでしょう。

恋の和歌をとりもったのは玉梓(たまづさ)の使いです。

一目を忍びながら、二人の間を行き来して、恋を実らせた

のは彼らなのです。時には恋の相談役になってくれたり、

気持ちを慰めてくれる役でもあります。石川女郎はそんな

使いがいなかったからでしょうか。使いを通さずに、直接に

自分から押し掛けるという行動に出たのです。それにしても

大胆な女性ですね。

令和万葉集:恋のいろいろ:恋多き万葉歌人、坂上郎女ストーリー

万葉女子は恋の達人。

恋多き万葉歌人、坂上郎女のストーリーの続きです。

 

その後、坂上郎女は年老いた異母兄の大伴駿河麻呂に嫁ぎます。

駿河麻呂との間に生まれたふたりの娘、坂上大嬢と二嬢の娘二人は

坂上の屋敷で育ちました。父の田村の家には母の違う姉妹が暮らしていて、

異母姉妹が会う機会は少なかったのですが、暖かな交流は続いたようです。

大伴駿河麻呂が亡くなった後も坂上郎女は多くの男たちと愛の和歌の

やりとりをしました。万葉集には、そんな郎女が折々に歌った恋の歌があります。

 

われのみぞ 君には恋ふる わが背子が 恋ふとふことは 言の慰ぞ 656

恋をしているのは私だけ。あなたは言葉だけでしょ。」

 

恋ひ恋ひて 逢えるときだに 愛しき 言尽くしてよ 長くと思うはば661

 

「逢いたくて逢いたくてやと逢えたこの時だけでも、

優しいことばをちゃんと聞かせてよ。この恋を長く続けようと思うなら。」

 

 

令和万葉集:家にありし櫃に鍵さし おさめてし 恋の奴のつかみかかりて

恋多き、万葉女性、大伴坂上郎女の人生、特に前半生は

ドラマチックでした。10代で結婚しましたが、お相手の

例の穂積皇子。モテる穂積親王でしたが、すでに40歳を

こえてさすがに歳を感じながら、大伴坂上郎女を寵愛します。

そんな和歌が宴会の余興で歌ったものとして残されています。

 

家にありし櫃に鍵さし おさめてし 恋の奴のつかみかかりて(穂積皇子)

3816いへにありし ひつにかぎさし おさめてし こいのやっこの つかみかかりて

「家にある櫃に鍵をかけて ちゃんとしまいこんでおいたはずなのに、

あの恋の奴めが、しつこくまたまたつかみかかりおって…。」

 

しかし、郎女と結婚して1年で、穂積皇子は亡くなってしまいます。

郎女は、実家の近くの坂上の地に移り住みました。

しばらくして藤原不比等の四男である藤原麻呂の恋人となります。

藤原麻呂は左右京大夫 (現在の知事) 忙しい仕事の合間をぬって、

夜になると坂上の屋敷を訪れたましたが、麻呂の足が遠のくとともに、

二人の関係も自然に解消されてしまいました。

 

来むといふも 来ぬ時あるを 来じといふを 来むとは待たじ 来じといふものを527

こむというも こぬときあるを こじといふを こむとはまたじ こじというものを

「来るといっても来ないんだから、来ないといったら来るのかしら。

でも、あてにはしないわ。だってあなたは来ないと言ったのだから」

(続く)

令和万葉集:百年に 老舌出でて よよむとも 吾がいとはじ 戀はますとも

三十代の紀女郎と二十代の若き大伴家持、かなり年の差の

あるカップルでした。しかも女性の方が十歳も年上ということを

気にしていたようでもあります。

 

百年に 老舌出でて よよむとも 吾がいとはじ 戀はますとも

ももとせに おいじだいでて よよむとも われはいとはじ こいはますとも

「あなたが百歳になって 舌を垂らしたよぼよぼのおばあさんになっても

嫌になんかならないよ。戀の思いが増すことはあっても。」(大伴家持)

 

 

 

まだ若い家持が、退廃的なデカダンスの香りを漂わせた歌を

おくります。おまえ百までわしゃ九十九まで、官能的にともに

命はてるまで、愛し合いましょうと言っている家持ですが、

いろいろな女性に目うつりしつつも、関係は続きます。が、

結局はまた坂上大嬢と結ばれたりするわけですから、

紀女郎にそんなに逢えるわけでもありません。

 

言出しは 誰が言にあるか 小山田の 苗代水の 中よどにして

776ことでしは たがことにあるか をやまだの なはしろみずの なかよどにして

「あなたが先に言い出したんじゃないの。それなのに

山田の苗代の水のように途中で淀んだりするなんて!」(紀女郎)

令和万葉集:万葉カップル 恋のいろいろ:大伴家持と紀女郎の場合

万葉カップルの恋のやりとりは、情熱的で、ウイットに富んで、

ユーモアにあふれ、時にはドスがきいて…ま

ずは、若き日の大伴家持と紀女郎(きのいらつめ)の恋の駆け引き

をご紹介しましょう。紀女郎は、たわむれに家持を「しもべ」と

いう意味の「戯奴(わけ)」と呼んでいます。家持もその芝居に

楽しくのっかっています。

 

戯奴(わけ)がため 我が手も須磨に 春の野に 抜ける茅花を をして肥えませ

1460「家持君のために 一生懸命引き抜いて来た茅花よ。

どうぞ召し上がって 太って(もっと健康になって)くださいな。」(紀女郎)

我が君に 戯奴は肥ふらし 賜り(たばり)足る 茅花を食めど 

いら痩せに痩す

1461「我がご主人に 私めが恋焦がれているからでしょうか。い

ただいた茅花を食べましたが太るどころかやせる一方です。」(大伴家持)

 

太る痩せるは現代のように古代も人々の関心のある話題のようですが、

当時は痩せている方が問題だったようです。

OLYMPUS DIGITAL CAMERA